この映画! 〜その1「めまい」(1958)
唐突ですが…
ワタクシにとってのNo.1ムービーは、アルフレッド・ヒッチコック監督作『めまい』(1958)です。
映画館で見て、ビデオテープを買って、さらにDVDまでも買ったというのは、この映画だけです。(じつは大学時代の安アパートの壁にポスターまで貼ってたり…)
ソウル・バスのタイトル、バーナード・ハーマンの音楽。
ノッケからいきなり引き込まれます。
(後に『ヒッチコック/映画術』を読んで、この映画が赤から緑へとトーンが移調していく構成を知り、改めてその唯美主義的なスタイルに感動しました。マデリンが髪をシニョンにして、ジュディがようやく「完成」するときのグリーンフォッグの妖しさ!)
(渦巻きシニョン…)
(グリーンフォッグ……ホテルのネオン看板の緑色の光が窓から漏れ入って…)
ただヒッチコック自身はこの映画のヒロイン、キム・ノヴァクに相当不満があったみたい。でもトリュフォーも言っていたように、ここでのノヴァクの牝豹のような官能性は寒気がするほどすばらしく、当初の予定通りヴェラ・マイルズで撮られていたらこの映画のスケールはウンと小さくなっていたでしょう。
(たしかにワタクシもキム・ノヴァクってちょっと苦手だったし、前年にヒッチが撮った「間違われた男」のヴェラ・マイルズは<とても>魅力的だったけど、この映画に関しては、どうしても、キム・ノヴァクでなくちゃダメ)
それと、もう1人の主役、ジェームス・スチュワートもいささか歳をとりすぎて首の細かい皺が…、なんてヒッチは不服。しかし、これもやっぱりジミーでなくちゃダメだと思う。
ヒッチコックの不気味さにいつもあるのは、大の男が未だ乳離れできず、その母子の奇妙にベタついた関係が描かれているところ。(その顕著なヤツが「北北西に進路を取れ」(’59)と「サイコ」(’60)。「北北西」は母親から卒業して「恋人という新しい母親」を得るけど、「サイコ」は母親に取り込まれてしまう)
ここでのジミーも彼が恋愛感情をもてないキャリアウーマンの女友達<ブラジャーのデザインをやってるんだよね>(バーバラ・ベル・ゲディス)はまぎれもなく主人公スコティの「母親」だ。
(ふ〜ん。こうなってるんだ)
スコティは母親の手から離れてようやく一人前の男になるはずが、彼の愛したのは生身の人間ではなく彼を罠に陥れるべくこしらえられた虚像であるという…(しかも彼を「巻き込む」前にそのモデルになった夫人(ホンモノのマデリン)はすでに殺されていて、ジュディは死体を真似て演じているとも言えるワケ。)
ヒッチコック自身、これは「死姦願望をもった男の物語だ」なんて物騒なことを言っていますね…。
そのマザコンの主人公に「アメリカの良心」を演じてきたジェームス・スチュワートが蒼い目を潤ませて演じている、っていうのがただならない倒錯性をあおるし、キム・ノヴァクの極端すぎる肉感性が(彼女はノーブラでセットに入るのを自慢していたとかいないとか)、この世のものとは思えない『怪』の世界を感じさせる。(キム・ノヴァクがジュディを演じてるときのグリーンの薄いニットスーツのなかの肉体は、ホントに「荒波がのたうっている」よう…)
最後、スコティは死んだはずの女(マデリン・スラッシュ・ジュディ)を蘇らせ、また失うのだけど、あの後、スコティは間違いなくあの鐘楼からマデリンを追って飛び落ちたに違いない、とたしかトリュフォーが言ってて、それ同感。
(ラスト……尼僧の姿をマデリンの亡霊と思ったジュディは鐘楼から落ちてしまう)
「COSMO/APRIL」はこの映画とリンチの「マルホランド・ドライブ」(2001)の影響を多分に受けているのだけど、それはまた別のハナシ。
(ああ、マデリン……)
ちなみにワタクシも30才を過ぎたころから、突然に「高所恐怖症」になりまして、スコティの怯えが身近になってしまいました。
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